読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私が中学生の頃

私が中学生の頃、TwitterFacebookinstagramが流行るずっと前、インターネットの片隅では、キラキラサイト・素材サイト・メモサイトとよばれる個人が作ったサイトがそこらじゅうにあった。

キラキラサイト・素材サイトは、とにかくキラキラふわふわしていて、しゃぼん玉や羽や宝石のようなオブジェクトで、パッキパキに加工された若い女の子の写真の周りを飾った画面がメインだった。有名な素材モデルさん(専属、所属、オンリー配布、ALL配布…)とか同世代(中高生、中には小学生もいた)のはずなのにめっちゃセンスいい人とか加工がうまい人とかゴロゴロいた。アイフレーム、ロケットBBS、女の子をウインクさせるgif、ポインターを画像にするタグ、オルゴールのMIDI、そして文字はとにかく小さく、フォントはOsakaが流行りだった。バナーはだいたいgifで3つサイズがあった。素材のページまでたどり着くには規約を読んで文章にまぎれこんでいる”入り口は○○です”を探さなければいけなかった。いっぽうメモサイトはシンプルなつくりで、今のブログみたいな、管理人の日記コンテンツがメインだった。マスボ、オートリンク、相互リンク、同盟、リニュ、閉鎖、歴画、という言葉がなつかしい。当時はフラッシュとかjsとかその他難しい技術はまだなく、有料なり無料なりレンタルサーバー(ロリポとか)を借りてindex.htmlから作り始め、ひたすらHTMLを手打ち(コピペ)していた人がほとんどだった。Photoshopなんていう高価なソフトも持ってなかったので、そのへんでインストールしたてきとうな画像編集ソフトを使って素材を作っていた。(素材用のシャボン玉とかキラキラ描くのめっちゃ練習した)

あの頃そんなサイトの管理人だった人たちは今何をしているんだろう。みんな同世代だったはず…。今探してもほとんどドメインが切れたりで見れなくなってしまっていて寂しい。本当にたくさんのサイトがあったんだ。

ふみコミュや絵茶も同じ頃はやっていた。絵茶では神みたいに崇められている人がいたり、みんな同じテーマで描く祭りみたいなのがしょっちゅうあって、ふみではランキング、コーデチェックや素朴な質問BBS、あと地域BBSがすごく賑わっていた。

それから少ししてみんなが携帯電話を持つようになったら流行ったのが手描き待ち受け画像を作って配布する携帯サイト。モバスペが大勢力だったけどその前は魔法のiらんどとかpepsとかだった。メル画や歌詞画が流行ったのは少しあとで、それまではディズニーキャラクターとシャネルやプラダとかの高級ブランド、あと109ブランド(セシルとかココルルとか…)のロゴを組み合わせた版権ガン無視の画像が流行っていた。ドコモの505iだったか、画角320×240が出たときはデケー!って驚いた。(はじめauではgifが表示されなかったんだ) 手描き待ち画は本当に一大ムーブメントで、リクエストを募って名前入りの画像を作ったりしてオリジナリティを出して、ランキング上位に食い込ませ、みんなアフィリエイトやポイントサイトで稼いでいた。はじめは原色バリバリがブームだったが、そのうちケアベア、マイリトルポニーなどのアメコミパステルな波が来て、ふわふわピンク薄紫カラーへシフトしていった。学校の友達が私が作った画像を待ち受けにしているのを見たときはオッてなった。

その少しあと、モバスペの自由度が突然グッと上がり、学校でも個人で携帯サイトを作るのが流行りだした。インターネットにメインストリームを生きる人たちが介入してきた瞬間だった。2娘1や3娘1、○○夫婦とかいうムーブメント。プロフィール(前略にあらず)、日記、リアル、写真、掲示板、リンク、が主なコンテンツだった。同時に、これらの「ほむぺ」を飾るタグや素材を配布するサイトも流行った。その後、ギャルの個人サイトの日記はクルーズやデコログといったデコメが使えるブログに移行していき、個人サイトの波はおちつきはじめ(クルーズでは今も売れないモデルがステマで稼ぎまくってるけど)、大きな波「mixi」が来た。高校生だった私たちはほぼみんなが一気にそちらに流れ、個人が作るインターネットは終わった。

モバゲーや前略はあんまりまわりにやってる人がいなくて、すごく流行ってたのは多分少し下の世代。ふみコミュも実は少し下の世代。学校もろくに行かずThinkpadの赤いボタンこねくりまわしていたあの頃のインターネットの話。さすがにもう十何年も前だから記憶が曖昧で間違っている部分もあるかもしれないけど、私の中学生から高校生にかけての懐かしい思い出話でした。